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歴史書に南北朝時代の中将棋記録 【コメント欄投稿より】

長さんより投稿がありましたので、ここに掲載させていただきます。【ブログ管理者】

ありきたりの歴史書に南北朝時代の中将棋記録
https://chiyoosan.blog.so-net.ne.jp/2018-11-07
今小路西遺跡出土”内容不明木簡”はプロト中将棋ルール説明文(長さん)

中将棋の記録と言えば、西暦1370年前後の遊学往来
のぼんやりとした記録が初出だと思っていましたが、
もっと確からしいのが、30年前に発見されていたようです。
すなわち、平凡社が1989年に出版した、
”よみがえる中世3 武士の都鎌倉”の”文字のある生活”
の221ページの下に、写真で載っている出土物に、
解読不能木札
があります。鎌倉時代末期から南北朝時代に
かけての、鎌倉幕府関連、安達氏の宅で、
黎明期で今と、ルールの違う中将棋が指された
中将棋大会において、ゲームのバージョンを示す
大会でのゲームバージョンを周知徹底するための
表示札の疑いが有ります。

 ひらがなで書いてあり、読んで理解するのは
中将棋を指す方なら、昔も今も、容易のような
感じなので、
従来、研究者は解読できなかったようですが、
皆さんで、どうか御確認願います。

なお、何とこの遺物を、鎌倉市は30年前に、
紛失したという、オマケの話も有ります。
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御助成誠に感謝します。

御対応、御助成誠に感謝致します。記載内
容の解釈で間違いないなら、発掘者のこの遺物
の発掘作業の成果は、”普通唱導集
の将棋の唱導”の発見に、ほぼ匹敵しそうです。

尊経閣文庫蔵2巻物色葉字類抄の”き”雑物に中将棋駒名羅列

八木書店が2000年に発行した、加賀前田藩の
文庫、尊経閣文庫の色葉字類抄のコピー現代本、
尊経閣善本影印集成19色葉字類抄ニ(二巻本)
前田育徳会尊経閣文庫編(2000)の

408ページ第一行目の内容

が今回の、報告内容の全てである。
高見研究室の摩訶大将棋のブログの内容とは似て
いるが、巻上の上の奥書の後に書いてあった、

・大将基馬名と・小将碁馬名の話とは別の話

なので、その点に注意してほしい。
 今回報告するのは、巻下の下の

本文中の内容そのもの

である。
 最初に内容をずばり書こう。”き”の○雑物に、

・行・黄久里・玉将・金°将・飛車・銀将(左下
に小さく)金・竪行・香車(右下に小さく)金今
・白駒

と書いてある。ここで、”き”の○雑物のセクショ
ンは終わり、次からは○光彩のセクションに入る。
”き”で付く漢字を集めた章の

途中に、この内容が記載されている

という事である。少なくとも、この発見をも誘導す
るように、注意はしてくれたのだが。従来の、
摩訶大将棋のブログで、大阪電気通信大学の

高見友幸氏が流布している話とは、矛盾する別の話

である。今度の話は、”飛車が金に成る”のでは
なくて、香車の成りが崩した金か、はたまた白駒な
のかが、悩ましい所だ。つまり、大将棋と小将棋だ
けでなく、特定の古文書一冊だけのようだが、

中将棋が、色葉字類抄2巻物には書いてある

と言う事である。
 この古文書は、元々将棋のルール本では無くて、
たとえば、”き”で始まる漢字の姿を墨書で書いて、
書き方を教えるという主旨の、漢字の辞典の古文書
である。そうなのだが、
玉将や金将は確かに、”ぎ”や”き”だから良いと
して、

飛車と竪行と白駒は、将棋の駒だが、”き”で始ま
る字ではない

と、少なくとも私は思っていた。つまり、

将棋のルールが、辞書の内容そのものに挟み込まれ
ている

という事である。
 そこで今述べた記載により、いっけんして、

中将棋が西暦1140年代に存在したと解釈できる

内容である事が判る。

たとえば白駒は、中将棋の駒として特徴的

だからだ。
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中将棋連盟ブログです
ルールや棋譜、過去の大会結果などは公式HP「日本中将棋連盟」のほうをご覧ください。
ここでは、行事のお知らせ、やさしい詰中将棋、歴史のお話、その他を、数人で分担。
少しずつ更新させていただく予定です。
よろしくお願いいたします。

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